世界で最初のオンラインレンディングはイギリスのロンドンでZopa(ゾーパ)によって誕生しました。個人から個人への融資をオンラインでマッチングするP2Pレンディングという仕組みです。これが2004年のこと。その後イノベーションの波はアメリカへ押し寄せ、そして日本では2008年にmaneo(マネオ)によって初めてサービスが提供されました。




日本で初めてのソーシャルレンディング

日本で初めてソーシャルレンディング(貸付型クラウドファンディング)のサービスをスタートさせたのはmaneo(マネオ)でした。2008年10月のことです。それから8年が過ぎた現在では、20に迫る企業が国内で貸付型クラウドファンディングをビジネスとして展開し、それらの投資家登録数は日に日に伸び続けています。現在のmaneoは企業向けの融資をファンド化して投資家を募集しています。しかしサービス開始当初は個人から個人への融資、いわゆるP2Pレンディングでした。東京三菱UFJ銀行出身の妹尾賢俊氏により創立。しかし法律の壁などベンチャー企業ならではの難しい局面もあり、東日本大震災の翌月、2011年4月にUBI社の子会社となりました。

瀧本憲治氏(現maneo社長)によるテコ入れ

この頃のソーシャルレンディングは、日本では今以上に「怪しい投資」という認識でした。欧米で話題のビジネスモデルといっても、もともと投資という言葉にアレルギー気味の反応する示す一般的な日本人の認識では、大切なお金を投資できる対象では無いというのが現実。銀行利息がスズメの涙よりも小さな時代に5%の利回りがあるといっても、逆に怪しく感じてしまうのも仕方のないことです。加えてmaneoは個人間融資が基本でした。そのため貸し倒れもたびたび発生しており、債権回収のために営業者報酬を上回る経費がかかり、経営が苦しいものとなっていました。そんな時に中小企業の事業再生を得意とするUBIの子会社となったのです。UBIから瀧本憲治氏(現maneo社長)を副社長として迎え入れ、個人から個人へお金を貸すのではなく、個人から企業へお金を貸す仕組みへと転換していきます。

米国とは異なる発展の道へ

アメリカでは個人のクレジットスコアという個人の信用力を測る物差しが整備されていますが、日本にはそのような仕組みがありません。信用状況を確認するシステムは一応ありますが、非常に頼りのないものです。そういったことから、より安定的なビジネスモデルを構築するため、個人から企業へと転換することになったのです。P2Pから貸付型クラウドファンディングへ。現在国内で普及しているソーシャルレンディングの枠組みができたのはこの頃といって良いのではないでしょうか。



まとめ

イギリスに遅れること4年。日本で初めてmaneoによってサービスが始まったオンラインレンディング。そのスキームはP2Pレンディングからソーシャルレンディング(貸付型クラウドファンディング)へと形を変え、今まさに業界全体の裾野が広がるステージへと突入しようとしています。国内の独特な法体系や時代が求めるものに合わせてそのスタイルを変えていくという、まさに日本的な発展の道をたどることになります。